
黒地に金色がカッコイイと思っていた幼少時代
黒地にメタルグリーンの龍のパッケージ。AppleII用Wizardryのボックスデザインに一発でやられてしまった。
そんな時期、続けざまにプレイしたシャープMZ-2000用のミステリーハウス。
黒地にグリーンのワイヤーフレーム。
小学生だった僕は、この色調に完全にやられてしまった。
小学5年の後半から、中学2年の終わりまで。毎日にように秋葉原に通った。
お金がなかったので、上野まで京成線で行ってそこから徒歩で。
または千住から秋葉原まで自転車で。
お決まりのコースは、
「亜土電子」、「ロケット6号店」、
ラジオ会館「サトームセン」「NEC BitINN」「富士音響RAM」「エフ商会」。
少し離れて「学生の店 丸善無線」。
周回の目的はPCのデモでかかっているゲームをやるため。
マイクロキャビンのミステリーハウスがやりたくて、さわれるお店を探して周遊してた。
少しでもさわれるように、勝手にインストールすればいいじゃん?!とか思って、欲しかったシャープMZ-80B用のカセット版ミステリーハウスを5,200円出して買ってみる!
でも当時のマイコンにはHDDやOSなどはなく、シャープのMZ-80Bは最初にOSならぬBasicプログラムをロードしないと、ゲームもできなかったので、ついに一度も自分で買ったものは活用できなかった‥‥
ラジオ会館は4階までしかエスカレーターがなくて、4階のエスカレーターを降りた長椅子はちょっとした情報交換の場みたいになっていた。
2階とか3階はオーディオ関係の話や値段情報を教えてくれるマニアとかがいて、4階まで行くとやっとマイコン系の話をする人がいたりいなかったり。
当時はESDラボラトリがAppleIIの国内代理店をやっていて、AppleII-Jとか出してて、国内ではNEC PC-8001とかシャープMZ-2000、日立Lvel3、富士通FM-8くらいだった時代かな。
スティーブン・ジョブスや、スティーブ・ウォズニアック、オタク学生みたいだと言われてたビル・ゲイツとか、米軍基地に出入りしてて英語ペラペラでAppleIIで遊びまくってるといううらやましい同世代の中学生の話とかよく出てた。
一休みして、
中央の階段やエレベーターでそれより上には登っていく。5階、6階といじれるマイコンがないか店を回っていく。7階まで登ると富士音響RAMがあって、ここではAppleIIがガンガン売られていて、(今見るとなかなかテキトーな内容なのだが)ゲームソフトのカタログ冊子なども自店で作って配布しているという気合の入りぶり!
ここで初めてWizardryや、LodeRunner、ZORKなどInfocom社製テキストアドベンチャーゲーム群、Choplifterなんかに出会って、パドルやジョイスティックにも初めて触れた覚えがある。
英単語はミステリーハウスで覚えたので、名詞と動詞の語彙は(偏りがあったとはいえ、)結構数を覚えていた。だから英語のアドベンチャーゲームも結構さわってみたのだが、富士音響RAMでよくデモされていた「The Curse of Crowley Manor (1981)」には歯が立たなかった。
まず、鳴っている電話の受話器の取り方がわからない。
ミステリーハウス仕込みの僕は物を取るという動詞を「Take」しか知らなかったのだ・・・・・
「Get」という動詞を覚えて何とか乗り越えますが、次は馬車から降りれません。
「Get Off」という言葉を知らなかったのです。アンカーの英和和英辞典まで持っていっていたのですが、全然ダメでした‥‥
富士音響RAMでは、LISAやAppleIII、AppleIIGSなどの実機も見た気がする。
きっと気合い入ったオーナーだったんでしょうね。
今だったら友だちになりたい感じの気合の人です。
とにかく秋葉原は新鮮で、炎天下でも雨の日でもほとんど行ってました。